医療法人社団 煌の会 YSYC山下湘南夢クリニック

日本生殖医学会認定 生殖医療専門医 不妊治療費助成金指定医療機関 藤沢駅南口徒歩4分 TEL 0466-55-5011

スタッフブログ 山下湘南夢クリニック(YSYC)は、神奈川県藤沢市にある不妊治療を専門とする医療機関です。 そこで働く私たちスタッフが、日々感じた事や不妊治療に関する事を書いています。

  • カテゴリー:研究内容

    2019.04.24

    桜も満開から葉桜になりかけているこの頃ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
    高度生殖医療研究所の中田です。
    私が今までにスピーチを聴いて、言葉に魂がこもっていると感じたのは、スティーブ・ジョブズの卒業式のスピーチ、オバマ大統領が広島に訪問された際のスピーチでした。英語で話しているのだけれど、言語が違っていても何て命の吹き込まれた言葉なのだろうと思い、何度も繰り返し聞いては、涙もろい私は何度も泣きました。
    最近、東京大学の上野千鶴子総長の入学式の祝辞を聴いても、胸が熱くなりました。
    全文はこちらになりますが、私は、以下の部分にとても感動しました。
    https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html
    「あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。でずが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひとたちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうぜわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。
    あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。」
    不妊治療は1990年代後半から日本だけでなく世界でも急速に広まった治療の一つです。科学の進歩とは言いますが、2000年頃では難しかったことが今では当たり前の技術になろうとしています。その背景には、たくさんの悩まれた患者さんたちがいて、それを何とかしようとしてきた医師や看護師、培養士たちの努力があります。どれだけ頑張っても報われない、うまくいかない、というのは、昔も今も気持ちは同じかもしれませんが、昔に難しかった患者さんたちが今ではうまくいく可能性が高くなっているということもあります。治療に行くこともできなかった、だれにも不妊治療のことを打ち明けられなかった世の中が当時患者さんだった方々が戦ってくれたこともあり、今少しずつ変わってきたのかもしれないとも思います。また、妊娠して出産すると退職して当たり前、職場でマタハラ、パワハラ、冷遇されて当たり前の世の中が、育児休暇をもらい、職場に復帰できること、時短という制度ができたことなども、孤独に戦い、勝ち抜いてきた人たちがいたからこそのことだと思います。治療にしても、女性の生き方としても、今では当たり前となっていることが当たり前ではなかった時代の話をしても、若い人たちからすると自分たちの時代ではないし、自分たちのせいではないからと言うかもしれないです。しかし、何にしても歴史を作ってくれたひとたちがいたからだと言うことを私も忘れてはいけないなと思いました。
    また、最近、私はずっと手掛けていた論文が受理されました。何度も、査読をしてくださった先生方からご指摘をいただき、修正を繰り返しました。査読をしてくださっている先生方は、自分の仕事以外に無償で論文の内容について指摘し、この書き方の方がいいというアドバイスをくださっていました。私は論文を書きながら、自分に欠けているものが何かということとを恥ずかしく思いつつもそれを認め、教えてくださっている先生たちへの感謝の思いが増しました。おそらく、その先生方も論文を出す際には、別の先生方からのご指摘をいただきながら、論文という知の財産を共同で作っているのだろう、とも思いました。自分だけ良ければいいと言うのではなく、自分の経験だけでなく、過去の報告と照らし合わせ、しっかりした科学の根拠を示し戦っていきなさい、というエールだと思うことができました。
    私は上野千鶴子さんという女性がどのような方でどのような経歴の方か、よく知りません。けれども、私は女性の生き方だけでなく、不妊治療という治療について、論文を書くということについても共通することがあるなと思う言葉になりました。
    4月は外部で講師を務め、5月は学会と過密なスケジュールです。でも、新しい研究の報告をすることで、少しずつでも患者さんの選択肢を広げ、可能性を上げることができればと思います。春は気温の変動も激しいので、皆様もおからだを大切にしてください。
    写真はこの歳にして初めてみたディズニーランドの夜のショーの写真です。プロジェクションマッピングも素晴らしく、心に残る夜になりました。
     
     
  • カテゴリー:研究内容

    2019.03.11

    河桜の咲くころとなりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?高度生殖医療研究所の中田です。

    先週末の土曜日、風邪をひきながらも上野公園で開催されていた「日本を変えた千の技術博」を観に行ってきました。

    その展示会では、科学技術に関する600点を超える貴重なものや文献が展示されていました。今からちょうど150年前(1868年)、江戸時代は終わりを告げ、明治時代が幕を上げてからの近代化とともに、日本の科学技術は飛躍的に発展してきました。江戸末期、明治、大正、昭和そして平成というたった150年の間に、海外から取り入れた技術を、医師、科学者、技術者たちは日本独自に発展させてきました。私は彼らの血と汗と涙の結晶であるたくさんの製品や発明品を見て、感動せずにはいられませんでした。

    最初にまず感動したのは、1mの鉄の棒「メートル原器」とそれを入れる鉄のかたまりの収容器でした。それまで日本ではメートルは単位としては使われていなかったため、海外から取り寄せた1メートルが日本でも1メートルという単位として、精密に測ることができるようにならなければなりませんでした。そのため作られたのは日本で作った「最初のものさし」でした。最初のものさしが正しい1メートルかどうかを調べるために、「鉄のメートル原器」を鉄のかたまりの収容器に入れ、縮んだり曲がったりしないように海外に輸送し、確認することを行ったそうです。今ではどこででも手に入る「定規」、私が卵子や胚、精子のサイズを測ることができるようになった背景にはこのような苦労があったのだと初めて知りました。

    その次に感動したのは、「繭」から「生糸」を作り出す、紡績機でした。たくさんの「繭」から「生糸」を紡ぎだす機械は、映画で見たことがありましたし、実際に戦時中に紡績工場で働いていた祖母から話を聞いていました。しかしながら、実物が動いている様子を見るのは初めてでした。電気ではなく、人が踏むペダルによってからくりのように動いていた機械が、電気によって絶え間なく動くようになり、「生糸」の生産量は格段に増加しました。また、それに伴って、「蚕」の品種改良も行われたそうです。病気に強い、繭が大きいなどの特長をもつ「蚕」でなければ生産量をあげることはできなかったそうです。たくさんの「繭」が展示されていました。日本の経済の発展の1つとして「繭」から作り出された「生糸」は貢献して来ましたが、紡績機の進歩と蚕の品種改良、そこには機械の技術者と蚕の生産者との協力があったのだろうと思いました。ひとつひとつの装置や機械が並べられていましたが、そのひとつひとつにはたくさんの人たちの思いが詰まっているように感じました。このような熱い展示会を見ることができてとてもうれしかったです。

    私は、この山下湘南夢クリニックの高度生殖医療研究所で、いくつかの製品を開発してきましたが、その中の「MAYU」(極少数精子の凍結コンテナー)にしても、たくさんの方々のお力をいただいてきました。発案として私が考えた時には、実際にこのコンテナーを作ってくれる企業さんを探さなければなりませんでした。しかし、いろんな方々が協力してくれて、一緒に開発したいといくつかの企業さんが手をあげてくださいました。一緒に頑張ってくださる企業さんとコンテナーの原型からいろいろな試作品を作り、それをひとつひとつ確認してきました。実際の使い心地をうちのクリニックの培養室長と相談したり、そんなひとつひとつのことがあって、「MAYU」というコンテナーを作り出すことができました。考えても思いついても、それを形にすることはとても難しいですが、「MAYU」はラッキーが重なって作り出すことができました。卵子や胚、細胞で使われていたものを精子に代用するという風潮がある中、「MAYU」は精子専用ということで苦労もありましたが、有り難いことに今では少しずつですが他のクリニックの方にも愛されてきたのではないかと思います。

    現在の日本、私たちのいる生殖医療の業界では、昔の日本のように「海外からの技術」は優れているものとしてすぐに取り入れる傾向がありますが、日本独自の新しい技術や製品は「海外からの技術や製品」よりも厳しい目が向けられているようにも感じます。「MAYU」だけでなく、10年20年、50年、私がいなくなっても残るような製品を作り、同業の皆さんに愛され、患者さんに貢献できるものをまだまだ作っていきたい、と改めて思わせてくれる展示会に行けてよかったと思います。

    高度生殖医療研究所では、ブログでも紹介していますが、新たな研究員が新しい技術の開発に取り組んでくれています。とても確かな技術を持ち、妥協を許さない彼をとても信頼していますので、一緒に働けていることがとても嬉しいです。私自身も新しい製品の開発に取り組んでいます。今はまだ言えませんが、今年の秋の生殖医学会から発表していき、皆さんに愛されるようなものにしていきたいと思っています。今年の上半期は、アジア生殖医学会での口頭発表2題、日本卵子学会で口頭発表2題、日本アンドロロジー学会では学会賞候補演題に選んでいただき、日本受精着床学会では4題の要旨を投稿しています。体には少し気をつけつつ今までと同様に走り続ける年にできたらと思います。
  • カテゴリー:研究内容

    2019.02.11

    春一番が吹き、梅の花の香りがする頃となりましたが、雪の予報、という冬と春の境を行ったり来たりのこの頃ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?

    高度生殖医療研究所の中田です。

    私は小学校に上がる前、祖父母と暮らしていたのですが、犬好きな祖父が薩摩ビーグルを飼っていました。常に犬が家に何頭もいた中に、「ベル」という繁殖犬をリタイアした雌犬がいました。ベルの産んだ子犬たちは足が長く、姿もとても綺麗で、賢い犬が多かったため、ベルの子犬たちをたくさん購入した祖父が、べルの老後はうちでみたいと言ってブリーダーからいただいてきたようでした。ベルからみるとまだ3~5歳の頃の私は、子犬と同じに見えたのかもしれません。祖母がベルのリードを持ち、私も一緒に散歩に行くと、私が側溝にはまらないようにとベルが目を光らせ、私が落ちそうになると加えて道に戻し、ベルが代わりに側溝にはまったり、ということが何度もありました。私が雪遊びに夢中になると足を寒そうにぶるぶるさせながらも待っていてくれたり、どんぐり拾いに夢中になると、拾い終わるまで側で待っていてくれたりと、私は祖母とベルという1人と1匹のおばあちゃんがいたように思います。ベルには間違いなく私の言葉や気持ちが通じている、そんな気持ちはムツゴロウさんと同じじゃないかと思われ、子供心にも自慢でした。ところが、ある日、祖母と私が買い物に行く前に、ベルに「行ってきます」と声をかけると、いつもは「いってらっしゃい。気を付けてね。」というように、見送ってくれるのですが、その日はじっと私たちを見つめて、尻尾を少しふるだけでした。買い物から帰ると、ベルは小屋の前で倒れるように横たわっていて、私がベルの体を揺さぶって、「ベル寝ちゃったの?帰ってきたよ?」と話しかけてもびくとも動いてくれず、祖母に「ベルが寝ちゃって起きない。」と伝えに行きました。祖母は速足でベルのところに行くと、「くみ、こっちにきちゃダメ!」と厳しく言われました。泣きながら、ベルを抱きかかえる祖母の様子を見ていても、その時の私には「ベルの死」というものを理解できてはいませんでした。どこからか、男の人たちが来て、ベルを箱に入れて連れて行ってしまうのを見て「ベルを連れて行かないで。」と泣きながら怒ったのを覚えています。ベルがいなくなってから、祖母と私の二人の散歩になり、祖母は「もう犬は嫌だ。」と言って涙ぐんでいました。ずいぶん後からわかったことですが、祖母はベルを動物慰霊のお墓に入れてもらうように手配したようでした。私はベルによって「死」というものを初めて教えられたのでした。それから、犬を1匹、猫を1匹、小学生、中学生の頃に飼いましたが、大人になってからは飼うことができずにいました。

    しかし、去年、どうしても犬が欲しくなり、「ベル」を求めて薩摩ビーグルのブリーダーさんに連絡をしました。でも、今はとても数が少なくなった薩摩ビーグルがすぐに手に入るわけもなく、しぶしぶ諦めました。その頃に、ちょうどペットショップで子犬に出会いました。私とその子はガラス越しにじっと見つめ合っていましたが、その日はそのまま帰りました。でも、その子犬が気になって気になって仕方なくなり、毎日そのペットショップの犬の写真を見ていました。あの子犬はまだ飼い主さんが決まっていないようだ、今日も元気なようだ、と確認して、少し安心しては、また気になって写真をみてしまう、という日を繰り返し、ある日とうとう、その子犬を家族には秘密で買って帰ってしまいました。背中に豆のような模様のある、体全体的には白い色の多いジャックラッセルテリアです。薩摩ビーグルにどこか似た感じのする犬ですが、名前を「大福」と名付けました。「ベル」と違って、活動的でとてもやんちゃな彼ですが、私のとても大切な存在となっています。

    犬とは本当に不思議な存在ですね。大福が私のことを力いっぱい体いっぱいで愛情を示してくれて、大福を抱きしめたり、遊んだり、なでているだけでも、とても気持ちが和みます。

    デスクワークに疲れた時、悲しい気持ちになった時、私のことを首をかしげながら見ていて顔をなめてくれる大福。やはりこんな時には「ベル」を思い出さずにはいられません。私は「ベル」に出会えていなかったら、大福に出会うこともなかったかもしれません。

    犬との出会いだけでなく、ヒトとの出会い、実験との出会い、旅先でのヒトや景色との出会い、どれひとつとってもそれぞれが糸のようにつながって、かけがえのない出会いになるかもしれないなと改めて思います。

    長々と私の犬との出会いの話をしてしまいましたが、今年もアジア生殖医学会で2題の発表が決まり、香港に行く予定です。どんな出会いがあるか楽しみにしています。また、今年から始めた、私の新たな「精子の実験」。これも素敵な出会いを招いてくれそうです。出会いから出会いが生まれる、というところが、生殖医療研究の素晴らしいところではないかと思います。

    皆様が新しい命と出会えるように、ひとつひとつ素敵な出会いの糸を紡ぎながら、頑張っていきたいなと思います。

    写真は生後4か月の時の大福です。叱られるとソファーの下に逃げ込んでいました。でも今はもう体が大きくなってここには入らなくなってしまいました。。。
  • カテゴリー:研究内容

    2019.01.23

    こんにちは。高度生殖医療研究所の甲斐です。

     
    昨日、岩手県にある共同研究先の某研究施設より研究試料が届きました。この研究施設に勤務する共同研究者のY君、実は私の同期なのです。大学入学から博士課程修了までの9年間を、同じ学科、そして同じ研究室で苦楽を共にした間柄で、まさに同じ釜の飯を食べた戦友です。研究室には学部4年時に配属されたのですが、4人の同期が博士課程にまで進学しました。そのうち私とY君を含めた3人は研究室内で「サンバカ」と揶揄され(おそらく愛を込めて)、要するに出来の悪い学生だったわけですが、それでもなんとか同期は皆、無事に博士課程を修了する事ができました。学位取得後に私は企業の研究員として、Y君はアカデミアの研究員として、お互い別々の道を歩む事になったのですが、その数年後に全く異なる分野にいる2人が再び交わることになろうとは全く想像もしていませんでした。

     
    さて、「サンバカ」のもう1人のメンバーであるN君ですが、彼は学位取得後にアカデミアへの道を進んだ後、紆余曲折を経て現在は某光学機器メーカーに入職し、顕微鏡を担当しています。実は今、N君とも仕事上で繋がっているのです。私の研究にとって顕微鏡は欠かすことの出来ないツールであり、N君には最新の動向を教えてもらったり、アドバイスをもらったりしています。こうして「サンバカ」が社会人となり、それぞれの分野のプロとして再び一緒に仕事ができている事は、奇跡的だと思いますし、非常に嬉しい事です。研究者となるべく共に修行し、切磋琢磨した同期が身近にいる事は大変心強いですし、励みにもなります。

     
    学生時代に、「お互いが一人前になって、講演等で呼び合えるようになりたいな」などと酒を酌み交わしながら将来について語り合っていた事を思い出します。嬉しい事に、既に私はY君が勤める研究施設で開催されたセミナーに講師として招かれましたし、N君には学会において、彼の勤める会社が共催するランチョンセミナーで彼の座長のもと演者を務めさせてもらいました。今度は私が起点となって3人で何か出来ないかと目論んでいるところです。

     
    Y君と進めようとしている研究ですが、内容についてはまだお伝えする事は出来ないものの、きっと患者さんのお役に立つであろうと期待されるものです。研究成果が得られましたら何かの機会に改めてご紹介したいと思います。

     
    高度生殖医療研究所 甲斐
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医療法人社団 煌の会 山下湘南夢クリニック 院長:山下直樹
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