医療法人社団 煌の会 YSYC山下湘南夢クリニック

日本生殖医学会認定 生殖医療専門医 不妊治療費助成金指定医療機関 藤沢駅南口徒歩4分 TEL 0466-55-5011

スタッフブログ 山下湘南夢クリニック(YSYC)は、神奈川県藤沢市にある不妊治療を専門とする医療機関です。 そこで働く私たちスタッフが、日々感じた事や不妊治療に関する事を書いています。

  • カテゴリー:研究内容

    2019.02.11

    春一番が吹き、梅の花の香りがする頃となりましたが、雪の予報、という冬と春の境を行ったり来たりのこの頃ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?

    高度生殖医療研究所の中田です。

    私は小学校に上がる前、祖父母と暮らしていたのですが、犬好きな祖父が薩摩ビーグルを飼っていました。常に犬が家に何頭もいた中に、「ベル」という繁殖犬をリタイアした雌犬がいました。ベルの産んだ子犬たちは足が長く、姿もとても綺麗で、賢い犬が多かったため、ベルの子犬たちをたくさん購入した祖父が、べルの老後はうちでみたいと言ってブリーダーからいただいてきたようでした。ベルからみるとまだ3~5歳の頃の私は、子犬と同じに見えたのかもしれません。祖母がベルのリードを持ち、私も一緒に散歩に行くと、私が側溝にはまらないようにとベルが目を光らせ、私が落ちそうになると加えて道に戻し、ベルが代わりに側溝にはまったり、ということが何度もありました。私が雪遊びに夢中になると足を寒そうにぶるぶるさせながらも待っていてくれたり、どんぐり拾いに夢中になると、拾い終わるまで側で待っていてくれたりと、私は祖母とベルという1人と1匹のおばあちゃんがいたように思います。ベルには間違いなく私の言葉や気持ちが通じている、そんな気持ちはムツゴロウさんと同じじゃないかと思われ、子供心にも自慢でした。ところが、ある日、祖母と私が買い物に行く前に、ベルに「行ってきます」と声をかけると、いつもは「いってらっしゃい。気を付けてね。」というように、見送ってくれるのですが、その日はじっと私たちを見つめて、尻尾を少しふるだけでした。買い物から帰ると、ベルは小屋の前で倒れるように横たわっていて、私がベルの体を揺さぶって、「ベル寝ちゃったの?帰ってきたよ?」と話しかけてもびくとも動いてくれず、祖母に「ベルが寝ちゃって起きない。」と伝えに行きました。祖母は速足でベルのところに行くと、「くみ、こっちにきちゃダメ!」と厳しく言われました。泣きながら、ベルを抱きかかえる祖母の様子を見ていても、その時の私には「ベルの死」というものを理解できてはいませんでした。どこからか、男の人たちが来て、ベルを箱に入れて連れて行ってしまうのを見て「ベルを連れて行かないで。」と泣きながら怒ったのを覚えています。ベルがいなくなってから、祖母と私の二人の散歩になり、祖母は「もう犬は嫌だ。」と言って涙ぐんでいました。ずいぶん後からわかったことですが、祖母はベルを動物慰霊のお墓に入れてもらうように手配したようでした。私はベルによって「死」というものを初めて教えられたのでした。それから、犬を1匹、猫を1匹、小学生、中学生の頃に飼いましたが、大人になってからは飼うことができずにいました。

    しかし、去年、どうしても犬が欲しくなり、「ベル」を求めて薩摩ビーグルのブリーダーさんに連絡をしました。でも、今はとても数が少なくなった薩摩ビーグルがすぐに手に入るわけもなく、しぶしぶ諦めました。その頃に、ちょうどペットショップで子犬に出会いました。私とその子はガラス越しにじっと見つめ合っていましたが、その日はそのまま帰りました。でも、その子犬が気になって気になって仕方なくなり、毎日そのペットショップの犬の写真を見ていました。あの子犬はまだ飼い主さんが決まっていないようだ、今日も元気なようだ、と確認して、少し安心しては、また気になって写真をみてしまう、という日を繰り返し、ある日とうとう、その子犬を家族には秘密で買って帰ってしまいました。背中に豆のような模様のある、体全体的には白い色の多いジャックラッセルテリアです。薩摩ビーグルにどこか似た感じのする犬ですが、名前を「大福」と名付けました。「ベル」と違って、活動的でとてもやんちゃな彼ですが、私のとても大切な存在となっています。

    犬とは本当に不思議な存在ですね。大福が私のことを力いっぱい体いっぱいで愛情を示してくれて、大福を抱きしめたり、遊んだり、なでているだけでも、とても気持ちが和みます。

    デスクワークに疲れた時、悲しい気持ちになった時、私のことを首をかしげながら見ていて顔をなめてくれる大福。やはりこんな時には「ベル」を思い出さずにはいられません。私は「ベル」に出会えていなかったら、大福に出会うこともなかったかもしれません。

    犬との出会いだけでなく、ヒトとの出会い、実験との出会い、旅先でのヒトや景色との出会い、どれひとつとってもそれぞれが糸のようにつながって、かけがえのない出会いになるかもしれないなと改めて思います。

    長々と私の犬との出会いの話をしてしまいましたが、今年もアジア生殖医学会で2題の発表が決まり、香港に行く予定です。どんな出会いがあるか楽しみにしています。また、今年から始めた、私の新たな「精子の実験」。これも素敵な出会いを招いてくれそうです。出会いから出会いが生まれる、というところが、生殖医療研究の素晴らしいところではないかと思います。

    皆様が新しい命と出会えるように、ひとつひとつ素敵な出会いの糸を紡ぎながら、頑張っていきたいなと思います。

    写真は生後4か月の時の大福です。叱られるとソファーの下に逃げ込んでいました。でも今はもう体が大きくなってここには入らなくなってしまいました。。。
  • カテゴリー:研究内容

    2019.01.23

    こんにちは。高度生殖医療研究所の甲斐です。

     
    昨日、岩手県にある共同研究先の某研究施設より研究試料が届きました。この研究施設に勤務する共同研究者のY君、実は私の同期なのです。大学入学から博士課程修了までの9年間を、同じ学科、そして同じ研究室で苦楽を共にした間柄で、まさに同じ釜の飯を食べた戦友です。研究室には学部4年時に配属されたのですが、4人の同期が博士課程にまで進学しました。そのうち私とY君を含めた3人は研究室内で「サンバカ」と揶揄され(おそらく愛を込めて)、要するに出来の悪い学生だったわけですが、それでもなんとか同期は皆、無事に博士課程を修了する事ができました。学位取得後に私は企業の研究員として、Y君はアカデミアの研究員として、お互い別々の道を歩む事になったのですが、その数年後に全く異なる分野にいる2人が再び交わることになろうとは全く想像もしていませんでした。

     
    さて、「サンバカ」のもう1人のメンバーであるN君ですが、彼は学位取得後にアカデミアへの道を進んだ後、紆余曲折を経て現在は某光学機器メーカーに入職し、顕微鏡を担当しています。実は今、N君とも仕事上で繋がっているのです。私の研究にとって顕微鏡は欠かすことの出来ないツールであり、N君には最新の動向を教えてもらったり、アドバイスをもらったりしています。こうして「サンバカ」が社会人となり、それぞれの分野のプロとして再び一緒に仕事ができている事は、奇跡的だと思いますし、非常に嬉しい事です。研究者となるべく共に修行し、切磋琢磨した同期が身近にいる事は大変心強いですし、励みにもなります。

     
    学生時代に、「お互いが一人前になって、講演等で呼び合えるようになりたいな」などと酒を酌み交わしながら将来について語り合っていた事を思い出します。嬉しい事に、既に私はY君が勤める研究施設で開催されたセミナーに講師として招かれましたし、N君には学会において、彼の勤める会社が共催するランチョンセミナーで彼の座長のもと演者を務めさせてもらいました。今度は私が起点となって3人で何か出来ないかと目論んでいるところです。

     
    Y君と進めようとしている研究ですが、内容についてはまだお伝えする事は出来ないものの、きっと患者さんのお役に立つであろうと期待されるものです。研究成果が得られましたら何かの機会に改めてご紹介したいと思います。

     
    高度生殖医療研究所 甲斐
  • カテゴリー:研究内容

    2019.01.02

    2019年、平成最後の年も始まりましたが、皆様はお正月をいかがお過ごしでしょうか?

    高度生殖医療研究所室長の中田久美子です。

    みなさんは子供の頃、将来どんなことをしたかったでしょうか?

    私は、小学生の低学年までは、将来の夢は漫画家でした。ノートに4コマ漫画を書いたり、自由帳に絵本を描いたりして、漫画家になりたい、と思っていました。しかし、テレビで漫画家はとてもつらくて苦しい、というのを見たのと、自分で書くよりも読む方が楽しいなと思ったので、漫画家は断念しました。小学生の高学年からは、動物の絵を描く油絵の画家になりたい、と思いました。絵の教室に通って、油絵を習い何かの賞をいただいて、さらに調子にのって、画家になりたいとそう思うようになりました。しかし、賞を取った後から、寝ないで描いてもいくら頑張ってみても、自分が思うような絵が描けないようになりました。人から評価されてしまうと、また次の絵もどう評価されるのかが気になってしまい、全然描けなくなってしまいました。小学生のくせに生意気にもスランプになった私を絵画教室の先生が見ていて、私の母親に「久美ちゃんは絵の才能があると思います。裕福な男性と結婚して絵を続けられたら、もっと良い絵が将来描けるようになるかもしれません。」と言っているのを聞いてしまいました。私の才能は、結婚して、その男性にすがらないとダメなのだったら、才能なんてないしダメなのだろう、と思い、その時点で絵を辞めることにしました。

    中学生の時は、英語劇のクラブに入っていたこともあり、学校の先生たちから「久美ちゃんは演技の才能があるよ!」と褒められて、有頂天になっていました(本当に単純です)。仲代達也さんの無名塾の演劇をしょっちゅう観に行っていました。私も演劇をしたい、と思うようになり、高校受験で演劇科の高校を受験しました。しかし、面接でその高校に行った際に、演劇科と思われる男子高校生に「ごきげんよう」と声をかけられて、気持ちが悪くなり、自分には演劇は無理だ、と思うようになりました。その男子高校生がぴちぴちのタイツとノースリーブの上着で歩いているのが気持ち悪かったからです。



    その後、高校生になって、自分は将来どんなことがしたいのだろう?と悩むようになりました。悩むだけでは何も変わらないから、と、生物部、演劇部、ホームメイキング部を掛け持ちしました。その中で、自分が一番楽しく、勉強になったのが生物部でした。いろいろな実験をさせてくれる顧問の先生だったので、毎日のようにいろいろな実験をしました。しかし、高校3年生くらいになった頃、急に何か物足りなくなりました。自分が楽しい、だけの世界にいていいのか?と思うようになったからです。そんな時に、深夜のテレビ番組で見たのが、不妊治療の内容でした。以前もブログに書かせていただいた、減胎手術でした。とても衝撃的だったこともあり、自分に何ができるだろうか?と、真剣に考えるようになりました。しかし、今までなりたいと思ったものを辞めたり、諦めたのは、他人からの意見だったり、他人からの情報だったり、褒められてその気になっていただけだった、自分の意志がなかったと思い直したのも思い出です。さて、自分の意志でなりたい、と思ったものが見つかっても、私は大学を浪人しました。なかなかうまくいかないものだなと思いながら、これで諦めるのか?本当にそれでいいのか?という試練が、大学入試だったようにも思います。

    将来なりたい夢は簡単に手に入るものではなく、いろんな人や情報によって、諦めたり、続けたり、という中で見つかってくるのかもしれません。

    私が勤務する山下湘南夢クリニックの高度生殖医療研究所は2019年で7年目になります。研究所ができてからは、国際学会で発表、特許、製品化、という目標を掲げて、ひたすらにそれこそ猪のようにぶつかるまではまっすぐに進んできました。これが夢だったのだなと、今になって思いますが、とにかく必死だったので、叶ってきたのだなと今更ですが思います。

    それらの夢を叶えることができて、本当に忙しくもありがたい時間を過ごしました。今年からは、もう一人、研究員が来てくれることになりました。一人ではできなかった実験がもっと深くまで追求してできるようになることもとても楽しみです。

    私の今年の仕事での目標は、国内海外での学会発表は今まで通りに行い、さらに今までの研究を論文にまとめること、それを投稿していくこと、製品化しているものをもっと使いやすいもの、親しまれるものにしていくこと、昨年から構想して、準備を進めてきた実験を進めること、が大まかな内容です。あとは、「ただひたすら必死になってやるだけ」、かなと思います。

    私個人の目標は、泳げる距離を250mから400mにすること、目の下のクマをどうにかすること(もうずっと気になっていましたが、やはりどうにかしたい)、です。

    長々となりましたが、今年も1年よろしくお願い致します!

    写真は、今年のお屠蘇です。最近、香道の講座を時々受講しているのですが、その講座の中で作製した「オリジナル屠蘇散」で作りました。自分で作ると飲めなかったものが飲めるようになりました。でもやっぱり美味しくなかったです。



     
  • カテゴリー:研究内容

    2018.12.09

     秋らしくない秋を過ぎて、北国では雪が舞い始めるこの頃ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?私はずいぶん遅くなりましたが、今日、やっと綺麗な紅葉を見ることができました。高度生殖医療研究所の中田です。

    1130日の読売新聞の朝刊で私の母校が記事になるということで、私は取材をいただき、大学時代の話、胚培養士の話、研究の話などなどをさせていただきました。実際に記事になったのはその一部でしたが、これから大学生になる学生さんたちが進路を決める際の参考にしていただけたらと思います。興味のある方がいましたら読んでみてください(以下をクリックしてください)。

    Yomiuri20181130nakat

     私は以前の投稿にも書きましたが、明治大学農学部の発生工学研究室という、ブタやマウスのクローン動物や、顕微授精にまつわる研究をしている長嶋比呂志先生の研究室に所属していました。体外受精、顕微授精、卵子と胚の凍結など生殖医療に先行する技術を使い、動物の卵子や精子を体外発生培養し、胚を移植して、動物の赤ちゃんを得る、ということから、大学生活でとてもたくさんのことを学びました。その中で、私が一番心に残っている長嶋先生の言葉は「隙間の美学」でした。多くの研究者が行うトレンドの研究やニーズがあると誰もが思うことよりも、自分が好きだと思う、自分自身が肌で感じ今求められていると思う、自分にしかできないと思う研究を見つけ行うことの大切さ、を教えてもらいました。

     私は、もともとは「たまごやさん(卵子や胚の研究を行う研究者を言います)」ですので、「体外受精」、「顕微授精」、「ピエゾICSI」、「卵子・胚の凍結」、「活性化」、「卵子若返りのための核置換・細胞質置換」、「分割胚や胚盤胞のバイオプシー」などを行って来ました。しかし、ここ5年くらいは「たまごやさん」と同時並行もありますが、「精子やさん」です。精子に関する研究、「水素処置によるヒト精子の運動性の回復」「極少数精子凍結デバイス「MAYU」の開発」「Y精子選別技術の開発」「精巣組織凍結法の開発」と来年以降に発表していく予定の精子の研究を進めています。ずっとやりたかったこと、自分がこれから大事なものになると思うこと、自分しかできないと思うことを始めるために、ずいぶんと時間がかかってしまいました。だけど、「たまごやさん」だからこそ、「精子やさん」に活かせることもあるんだなと改めて思います。回り道のようだなと思ったこともありましたが、回って良かったなと思います。

     精子の研究を始めた頃は、精子の研究をずっと行ってこられた方には「中田さんは本当にわかっているのかな?」と思われたでしょうし、泌尿器科で男性不妊に携わっている医師の一部の方には「変わり者」のようにも言われましたけれど、「そう思われても仕方ないから勉強しながら頑張り続けてみよう」と思いました。今も同じように思いながら研究をしています。

     仕事人生で考えるとあと半分くらいになってしまいましたが、研究を通して、患者さんに元気な赤ちゃんが生まれてきてくれること、自分の研究がどれかひとつでも未来に残って培養士やどこかの研究者の力になってくれることを願って、今年も残り最後まで、来年以降も目標をもって、目的のためにコツコツそしてガツガツ頑張っていきたいなと思います。

     今年も1年間、温かい言葉をかけてくれた同僚、具合が悪いと点滴をしてくれた看護部のみなさん、いつも惜しみなく協力してくれる培養室のみなさん、たまに適当にあしらってくれる培養室長、仕事を任せてくださる山下院長に感謝しています。ちょっと早い挨拶となりますが、来年もどうぞよろしくお願い致します。

     

    高度生殖医療研究所

    室長 中田久美子
     
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医療法人社団 煌の会 山下湘南夢クリニック 院長:山下直樹
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